図説:東北の稲作と冷害

凶冷


明治から昭和20年頃までの冷害に関する文献(仙台管区気象台(1951) 『東北地方の天候』の"凶冷(内海徳太郎著)")を基に、当時の気象関係者の冷害に対する考え方を顧みる。

凶冷

 東北地方は古来しばしば凶作に見舞われ、その都度稲作生産者は極度の困難に直面してきた。明治の初期までは凶作となれば、餓死するものさえ生じていた。明治以後の凶作年は明治2年、明治35年、明治38年、大正2年、昭和9年、昭和16年、昭和20年などで、これらのうち明治38年と大正2年の凶作は特に被害が大きく、天保以来の大凶作に属するものであった。その他にも程度の軽い凶作または不作が起こっている。このような凶作は7,8月の気温が異常に低いために起こるのである。元来凶作や不作は風水害や干害、虫害などによっても起こるが、これらは規模が小さく局所的な不作や凶作となるのものである。全般的な凶作は夏期の異常低温、すなわち"凶冷"によって起こるのである。
 仙台管区気象台の大久保氏が調査した宮城県の水稲収量と仙台半旬気温との相関係数からみると、分げつ後期と穂ばらみ期および開花・乳熟期の気温が高ければ高いほど収量が多く、この時期の気温が低ければ低いほど収量は下がることが明らかにされている。すなわち、7月、8月の気温如何で凶作か否かが決まるのである。また荒川氏は東北6県の平均気温(福島、石巻、宮古、青森、秋田、山形の6測候所における月平均気温の平均値)と凶作との関係を調べ、7月または8月の平均気温の何れかが20℃またはそれ以下になった年に凶作が起こっていることを見いだした。過去における凶作年の7月または8月の東北6県における平均気温は次の通りとなっている。

凶作年明治35年明治38年大正2年昭和6年昭和9年昭和16年昭和20年
平均気温18.9℃19.7℃19.7℃18.8℃20.2℃19.6℃18.7℃
該当月7月8月7月7月7月7月7月

 一方、東北6県の7月の平均気温は21.8℃、また8月の平均気温は23.5℃であることから、危険温度を20℃とすると、その差は次のようになる。
 この値は7月では標準偏差より少なく、8月では同2℃前後大きくなる。したがって、7月の気温はその危険温度との差が標準偏差の幅の中に入るので凶冷というのは異常現象ではなくなり、凶冷の起こる公算が非常に大きくなる。8月の気温はなかなか危険温度まで降下しないが、もし降下すれば明治38年のような大凶作となる。
 
 冷害は、実際には平均して起こりやすいのではなく、波状的に襲ってくるから惨禍はさらに大きくなる。この例として顕著なのが、元禄・天保・文明の凶作群である。明治以降においても、明治35、38、39年の明治凶作群、昭和6、7、9、10年の昭和初期凶作群が認められている。被害の大きかった冷害年の北海道と東北地方の減収率は下図の通りである。

北海道、東北地方における主要冷害年の減収率(%)

 この図からもわかるように、北海道で被害が大きかったり(明治35年)、岩手県、宮城県や福島県で被害が大きく北海道や青森県で小さい(明治38年)など、年によって被害の出方は大きく異なる。日本海側の秋田県や山形県は相対的に被害が小さく、昭和10年では逆に増収することもある。

 凶冷年における気象:夏期の凶冷はオホーツク海方面に高気圧があって、いわゆる梅雨型の気圧配置を示し、低気圧が東北地方に近接する機会が多いため、東北や北海道方面は連日陰湿な天気が続き、気温が低下するとともに相当量の降雨がある。凶冷の場合は夏になってもこのような気圧配置が多く、高気圧はベーリング海、シベリア東部を経て北極からやってくる寒気団を母体としてオホーツク海上においてさらに発達し、その一端は北日本に延びてくる。
 凶冷が起こる場合は三陸沿岸の海水温が低下し、親潮寒流が強盛になる。したがって、気温は海水温の影響を受け、一層低下して凶冷となる。寒気は北東風となって三陸海上を襲来するため、一般に太平洋沿岸ほど気温が低い。凶作が海からやってくるというのも頷ける。しかし、水温が低いのみでは凶作は起こらない。主原因は気団そのものが冷たい気団であり、凶作の起こるような時は海水温も必ず冷たいので一層冷却作用が強化される。北東風が海面上を長期間吹走するので、親潮海流を強化する可能性がある。海水が冷たくても、気団そのものが暖かく普通であれば凶冷にはならない。
 夏期このような気圧配置を持続させ、寒冷気団を南下させる主原因は大気環流の変調によるものであろう。大気環流を変化させる要素は地球大気の気温分布であるが、気温分布は日射量の増減によって定まる。日射量の増減は次の原因による。
  1. 太陽活動の消長(黒点数の増減等により知ることができる)
  2. 大気透過率の変化(火山爆発その他による大気混濁)
 太陽の地球に与える総日射量はこれらの原因によって変化し、そのため地球上の気温分布が変わり、大気の環流に大きな変化を生ずる。その結果として凶冷その他の気象異変が起こることは間違いないが、それらの間の量的関係は未だ明らかにされていない。

 
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