図説:東北の稲作と冷害

東北地方の凶饉年表からみる冷害の歴史


田中稔が1958年に、仙台管区気象台(昭和26年)『東北地方の気候』にある東北地方の凶饉年表(著者:仙台管区気象台 内海徳太郎、p55-72)から整理した被害の歴史を紹介する。

東北地方の凶饉年表からみる冷害の歴史

 東北地方の凶作または不作は主として凶冷(夏期の異常低温)によるものが多いが、風水害、虫害、干害によるものも相当含まれている。この凶饉年表は原因のいずれかを問わず西暦713年以後における凶作または飢饉の記録を集録したものである。項目は西暦、年号、種別、地域、原因、記録または被害状況となっており、明治22年以降は参考のため凶作、不作にかかわらず各県うるち米反当収量が記載されている。  田中稔(1958)は種別を基に年代別に表1のようにまとめている。種別は(不作、大不作)−(凶作、大凶作)−(飢饉、大飢饉)のように区分され、それらの定義は年表にも明らかでないが、徐々に被害の程度が大きくなるものと推察される。

表1 年代別、凶饉の程度別回数
西 暦不作か大不作凶作か大凶作飢 饉大飢饉不 明
713-80003 (2)5 -0 -08 (2)
801-90023 -13 (1)0 -018 (1)
901-100000 -1 -0 -01 -
1001-110001 -0 -0 -01 -
1101-120011 -0 -0 -13 (1)
1201-130001 -2 -1 -04 -
1301-140001 -3 (1)3 -29 (1)*
1501-160025 (2)12 (1)1 -020 (3)
1601-170014 (1)24 (6)19 (5)5 (3)062 (15)
1701-180022 (6)37 (23)25 (14)3 (3)087 (46)
1801-190033 (4)32 (15)8 (4)2 (2)075 (25)
77 (11)109 (48)100 (26)20 (8)4310 (94)
注)*:冷害程度不明、()内は明らかに冷害による被害
出典:田中稔(1958)「冷害の歴史」『農業改良』第8号、p1-7、農林省振興局編集。

 この表によると、西暦713年(和銅6年)から1900年(明治33年)までの1088年間の凶饉の発生回数を調べたところ、不作ないし大飢饉の発生回数は310回になる。年代別にみると、はじめは少なく、1400年代から多くなり、1600年代からはさらに多くなっている。これは実際に、環境の悪いところにも稲が作付けされるようになって、被害も増えたこともあろうが、それよりも詳しい記録が残されていなかったことによると考えられている。
 比較的記録のある1600年代から1800年代に至る300年間の凶饉回数をみると、224回で発生率は75%に達し、4年中3年は何等かのかなり大きな被害を受けたことになっている。被害の程度別にみると、不作または大不作が23.0%、凶作または大凶作が31.0%、飢饉17.3%、大飢饉3.3%、災害のなかった年が25.3%となる(図1参照)。

図1 被害の程度別にみた発生割合(%)
図1 被害の程度別にみた発生割合(%)

被害の種類としては、冷害を筆頭に洪水、旱魃、虫害、大風などが類別されている。冷害の原因としては、寒冷、低温、霖雨(長雨)、早冷、降霜、天候不順などがあげられており、全被害年数の38.7%を占めている。
このようにみると、冷害による被害の割合は38%を上回るものと推定される。特に、徳川時代においては、少なくとも3年半に一度以上の割合となり、稲が相当深刻な冷害を受けたことは疑いのないようである。

 
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